発表会がおわって二週間の間に、保護者の方や見に来てくださった方から
感想を頂きました。
最近よく頂く感想としては「生徒がみんなすごく楽しそうに弾いている」というもの。
確かに私もステージを見ていて、なんだかみんな楽しそうだなぁと思います。
これっていつからなんだろう。振り返ってみるときっかけがあることに
気づきました。
何年か前から生徒に「私のアドバイスを断ってもいい」と伝えるようにしたのです。
レッスンでは、とりあえず私の経験から「こうしたらきれいになるかな」という
アドバイスをしているだけなので、それが好みに合わなかったら
断ってくれていいと。
私の言うとおりにあなたが弾くのは意味がないので(ならば私が弾けばいいことに
なってしまうので)私の言うとおりに弾く必要はないと。
キャリアの浅い頃は怖くてできなかったことでしたが、
思い切ってやってみたら、みんなレッスンで自分の考えを
バンバン言うようになってきました。
「こうしたらどうかな」と言うと
「そうじゃなくて、こうしたいの」という返事が返ってくることしばしば。
発表会の曲も「これはどう?」と聞くと「それは私に似合わないので
もっとこんな曲がいい」とかそんな返事がかえってくる。
宿題も「これは飽きてきたからもう仕上げたい」とかいう申告なんかも
当たり前。
自分が決めたことをみんなに黙ってやってもらっていた頃のほうが
私の仕事は楽だったけれど、
ちゃんと意見を交換できるようになってからのほうが
レッスンが楽しくなりました。
自分の考えが取り入れてもらえるとわかると、生徒たちがよくしゃべるように
なりました。
(ピアノの先生をしている友達がレッスン見学にきたとき
子供たちがあまりにしゃべるので、びっくりしていました)
そして、音楽に対して自由な発想をもつようになって
こんなふうに弾きたいというアイディアもでやすくなりました。
もうかれこれ十年以上前から、生徒にどうしたいかということを
聞くようにしていましたが、みんななかなかしゃべってくれず
何年もどうしたら自発的にレッスンにとりくみ
自分らしく演奏してくれるんだろうと悩みました。
今考えれば、形ばかり「どうしたいの?」なんて聞いてみても
みんな「結局は先生の言う通りに弾くことになる」と
思っていたから、何も言ってくれなかったのだなあと思います。
その頃はてっきり音楽を表現する力がついていないんだと思っていました。苦笑。
生徒側が「断る権利」をもつだけで、こんなに状況が変わるものなんだなと
びっくりします。
「先生のおっしゃることをよくきいて」という昔からあるお稽古の考え方は
自発的に自分の表現をみつけられるようにするには
時として邪魔になるようです。
生徒側に断る権利がなかった頃は、私は生徒たちにとって
服従しなければならない「偉い人」でした。
その頃は、生徒はいくら上手くなっても今ほどには自信をもつことはありません
でした。弾いても弾いても「先生がすごい。それに比べて私は上手くない」という
雰囲気になることが多々ありました。
なんで?こんなにみんなをほめているのに?と
悩んだものでした。
でも当たり前ですよね。私の言う通りに弾くことを目的として弾いていた
彼女(彼)たちにとっては、どんなにそれが上手くなっていても
「先生の要求に答えた」にすぎなかったのですね。
上手になったという実感を持てるはずがない。
私の注意の通りに弾いて、きっと嬉しかったのは私だけだったのでしょう。
(お恥ずかしい限りですが)
「断る権利」を持つようになってからは、生徒たちにとって私は
以前より「偉い人」ではなくなりましたが(笑)、
彼女(彼)たちは、自分の演奏に誇りを持つようになりました。
お稽古ごとは、その伝える内容ももちろん大切ですが
それ以上に教え手と習い手の人間関係がどのようになっているかが
とてもとても重要であるということを実感する今日このごろです。
感想を頂きました。
最近よく頂く感想としては「生徒がみんなすごく楽しそうに弾いている」というもの。
確かに私もステージを見ていて、なんだかみんな楽しそうだなぁと思います。
これっていつからなんだろう。振り返ってみるときっかけがあることに
気づきました。
何年か前から生徒に「私のアドバイスを断ってもいい」と伝えるようにしたのです。
レッスンでは、とりあえず私の経験から「こうしたらきれいになるかな」という
アドバイスをしているだけなので、それが好みに合わなかったら
断ってくれていいと。
私の言うとおりにあなたが弾くのは意味がないので(ならば私が弾けばいいことに
なってしまうので)私の言うとおりに弾く必要はないと。
キャリアの浅い頃は怖くてできなかったことでしたが、
思い切ってやってみたら、みんなレッスンで自分の考えを
バンバン言うようになってきました。
「こうしたらどうかな」と言うと
「そうじゃなくて、こうしたいの」という返事が返ってくることしばしば。
発表会の曲も「これはどう?」と聞くと「それは私に似合わないので
もっとこんな曲がいい」とかそんな返事がかえってくる。
宿題も「これは飽きてきたからもう仕上げたい」とかいう申告なんかも
当たり前。
自分が決めたことをみんなに黙ってやってもらっていた頃のほうが
私の仕事は楽だったけれど、
ちゃんと意見を交換できるようになってからのほうが
レッスンが楽しくなりました。
自分の考えが取り入れてもらえるとわかると、生徒たちがよくしゃべるように
なりました。
(ピアノの先生をしている友達がレッスン見学にきたとき
子供たちがあまりにしゃべるので、びっくりしていました)
そして、音楽に対して自由な発想をもつようになって
こんなふうに弾きたいというアイディアもでやすくなりました。
もうかれこれ十年以上前から、生徒にどうしたいかということを
聞くようにしていましたが、みんななかなかしゃべってくれず
何年もどうしたら自発的にレッスンにとりくみ
自分らしく演奏してくれるんだろうと悩みました。
今考えれば、形ばかり「どうしたいの?」なんて聞いてみても
みんな「結局は先生の言う通りに弾くことになる」と
思っていたから、何も言ってくれなかったのだなあと思います。
その頃はてっきり音楽を表現する力がついていないんだと思っていました。苦笑。
生徒側が「断る権利」をもつだけで、こんなに状況が変わるものなんだなと
びっくりします。
「先生のおっしゃることをよくきいて」という昔からあるお稽古の考え方は
自発的に自分の表現をみつけられるようにするには
時として邪魔になるようです。
生徒側に断る権利がなかった頃は、私は生徒たちにとって
服従しなければならない「偉い人」でした。
その頃は、生徒はいくら上手くなっても今ほどには自信をもつことはありません
でした。弾いても弾いても「先生がすごい。それに比べて私は上手くない」という
雰囲気になることが多々ありました。
なんで?こんなにみんなをほめているのに?と
悩んだものでした。
でも当たり前ですよね。私の言う通りに弾くことを目的として弾いていた
彼女(彼)たちにとっては、どんなにそれが上手くなっていても
「先生の要求に答えた」にすぎなかったのですね。
上手になったという実感を持てるはずがない。
私の注意の通りに弾いて、きっと嬉しかったのは私だけだったのでしょう。
(お恥ずかしい限りですが)
「断る権利」を持つようになってからは、生徒たちにとって私は
以前より「偉い人」ではなくなりましたが(笑)、
彼女(彼)たちは、自分の演奏に誇りを持つようになりました。
お稽古ごとは、その伝える内容ももちろん大切ですが
それ以上に教え手と習い手の人間関係がどのようになっているかが
とてもとても重要であるということを実感する今日このごろです。




