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シンクロナイズドスイミング

2007.03.30.00:00

先日偶然、世界水泳のシンクロナイズドスイミングをテレビでみました。

うちはテレビがついていることはあまり多くないのですが
ふとスイッチをいれたら
ビルジニー・デデュー選手が演技をするところでした。

私はシンクロファンではないのですが、なぜか以前、デデュー選手が
一度退いたところから復帰することについて
インタビューされているところも、テレビで偶然みていました。
そのときは、誰だろう?有名な選手??とわけもわからず
ぼんやり見ていました。

そのインタビューも偶然、途中から見たのであまり詳しく覚えていないのですが
インタビューに対し随分熱いコメントをしていたのが印象的でした。

それで「あ~あのインタビューの人だ~。」と思って
演技をみることに。
解説を聞いて、やっぱり大物らしいということがわかりました。

そして演技スタート。

音楽がなりはじめ、プールサイドでデデュー選手が動きだした瞬間に
ざ~っと鳥肌がたちました。
ものすごい迫力と気迫に息をのみました。

演技がはじまると、あまりの美しさに圧倒され呆然としてしまいました。

気付けば私の目からは大粒の涙。

感動したからとか美しかったからとか、そんな言葉になるようなものではなく
本当に気付けば涙がポロポロと私の心の深い深いところから
あふれてきたという感じでした。

私の目にはデデュー選手の肉体には神が宿っているかのように見えました。

私はシンクロについては、全く知識がないので専門的なことはわかりません。
でも、たしかにあれは芸術だと思いました。

私の目には、彼女は競技のためでもなく、だれかに見せるためでも無く
ただ彼女が彼女の思う美しさを表現したいという思いだけで
演技しているように見えました。
ただ、自分のためにしている演技に見えたのです。

本当にシンクロを愛しているのだろうと思いました。

あの信じられない程に鍛え上げられた肉体も、きっと勝つためではなく
自分の信じる美しさを表現するために作り上げられたに違いないと思いました。

そうでなかったら、あんな感動があるはずないと思うのです。

すばらしい表現者の姿を目の当たりにし、心があらわれるような思いでした。
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蝶々夫人

2007.03.25.22:54

今日は、新国立劇場でプッチーニのオペラ、「蝶々夫人」をみてきました。

大学でやるオペラは、何度か見た事があったけれど
本格的なホールでの本格的なオペラを見るのは、今日がはじめて。

蝶々夫人はとっても悲しい話なのに、蝶々さんを演じた岡崎他加子さんの
透明感ある歌声と演技のおかげで
重たくもなく、いやな気分も残らず、ただ蝶々さんの
一途な愛だけが感じられ、見終ったあととても清清しい気持ちになりました。

見終ったあと、岡崎さんが同じ大学の出身ということを知り
なんだかちょっと嬉しい気持ちになりました。笑。

その他の人もとってもよかったし、演出もよかったけれど
私が感動したのはライティング。

ライトが実に効果的に美しく使われていたのは
本当にすばらしかったです。

そして、そして、楽しい気分でオペラをみたその帰り、
今日行った新国立劇場の舞台で、今日とほとんど同じ出演者の状態で
今度、友達が蝶々夫人で出演することを知りました。

彼女がでるのは、高校生のための鑑賞教室なので
一般の人はみられないようですが
でも、新国立劇場で蝶々夫人を演じるっていうのは、すごいこと。

彼女は、昔の職場の同僚なのですが
彼女が苦労をしながらオーディションをうけていた時代を
知っているので、本当に嬉しくなりました。

よく頑張ったね!すごいね!
と自分のことのようにウキウキしてしまいました。

そして、人の成功を心から嬉しいと思える自分も嬉しかったのでした。


「ソース」ワークショップ

2007.03.23.00:08

先日ブログに書いた、voiceから出版されている、「ソース」(マイク・マクマナス著)
という本のワークショップにいってきました。
http://minnanoko.blog78.fc2.com/blog-entry-45.html
「ソース」を読んだ翌々日、ある友人に「ね、いい本みつけちゃったんだ~♪」と
「ソース」の話をしたら、なんと彼女の旦那様が最近その「ソース」のワークショップに
いったというのです。
うわ~。すごいシンクロ!

ソースのトレーナーの方はたくさんいらっしゃるらしいのですが
彼女の旦那様が受講したワークショップのトレーナー
安藤理(あんどうおさむ)さんは、とってもお薦めな方だと聞いて
すぐにホームページを見る事にしました。

「ワークショップ、ワークショップ…。あ、あった!」
安藤理さんのワークショップは、小淵沢の安藤さんの御自宅でおこなわれるとのこと。
二日間のコースなので、近くのペンションに宿泊して受講するというものでした。
泊まりか~、面白そう!ワクワクしました。
受講の空きをみたら、ちょうどいい日がまだ空いていました。
これは、「行き」でしょう!すぐさま申し込みました。
あとで他の受講者のひとに聞いたら、私が申し込んだ日は
三月の受講者があまりに多いので、追加された日程だったそうです。
追加された直後に、ホームページをみた私ってなんてラッキー!

さてさて、本題のワークショップの中身ですが、よかったです!すごく。
ほとんどの時間は計4名の受講者の方たちと二人一組になって、自分の好きなものについて
どんどん話をして、その内容をノートに書き留めるという作業をしました。

好きなものについて、とってもこまかい要素にわけて話すんですよ。
たとえば五感それぞれに訴える好きなもの。見てすきなもの、聞いて好きなもの、というように。

好きな場所、子供のころに好きだったこと、興味のあること、好きな作業
たくさんのテーマについて話しました。

好きなことの話って、本当に楽しいものです。心のなかがホカホカして自然に笑顔になります。

好きなことの他には、過去の経験から得たこととか、やりたかったけれどできなかったことなども
思い出して話します。

自分の夢の暮らしについて話をしたり、最後には自分の人生があと一日だったら、一週間だったら
一年だったらみたいな話もしました。

たくさんたくさん話をしてわかってくるのは
本当に好きなこと、大切なもの、大切な人。
忙しさでおきざりになっている、たくさんの感情たち。

たくさんたくさん話をきいてわかるのは
本当に人はそれぞれ一人に一つずつ
人生の素晴らしいドラマをもっているということ。

他人の人生を知る事で、自分の人生が客観的に見えてくるのは面白いと思いました。

で、このコース最終的に何をするかというと、「ワクワクの地図」というのを作って
自分の人生の中心にあるものは何か、人生を押し進めるサポートをしているものは何か
自分の人生の土台は何か、ということを確認して
自分の存在意義はどういうものなのかということを導きだすのです。

「ワクワクの地図」作り、これはものすごく新鮮でした。
これだけで私の中のストレスがすごく軽くなったんです。

私の中のストレスは自分の中の大切な要素を否定していたことということでした。

具体的にいうと
私は洋服が大好きなんですが、そこに夢中になる自分にちょっと罪悪感がありました。
私って贅沢好き?私って浪費家?
洋服みている暇があったら、ピアノの練習でもしたら??
みたいに。それが私の中に小さなストレスをうんでいました。

でも、洋服が好きなわけは「色」が好きだからなんですね。
洋服を選ぶ事は私にとっては「色」を使って「表現」することであるということがわかりました。
「色」は私の人生を押し進めるサポートの要素になっていて
「表現」は私の人生の土台となる要素でした。
だから、とっても大切なこと。大切にしてよいことだとわかって
すごく嬉しかったんです。

他にも、大切なものを随分「無駄扱い」していたことがわかってびっくり。

人間って、自分の立場や世間の常識などにとらわれて
自分の中の感覚をむりやりゆがめようとするものなんだな~と思いました。
好きなら、好きで迷わずやっていいはずなのに。

つまりは、思ったまま、感じたままでいいってことじゃないの!
ということが、具体的に感じられて、なんだか自由な気持ちになりました。

トレーナーの安藤理さんは、そんなふうに色々なことを発見していく
私たちを静かに温かく見守ってくださいました。

何かを急いで解決させようとしたり、
私たちをすぐにどうにか変えようとしたりすることなく
それぞれの中の力を信じて、必要なときに必要なだけのサポートをしてくださる
最高のトレーナーさんでした。

「今現在の私たち」をそのまま受け入れ、ゆったりと見守ってくださったので
それぞれの人がそれぞれのペースで、焦る事なく、自分の人生を自由で楽しいものに
していけばいいという幸せな気持ちになれました。

そんな楽しいワークショップから帰っておこなった
小さなはじめの一歩は、お習字の通信講座。まだ、書いてないけれど
申し込んで、キットが届いたところです。

これからコンサート準備で慌ただしいけれど、一ヶ月に一度ぐらいは
お習字の時間をもつつもりです。たのしみ!

安藤理さんのホームページはこちら!ぜひ見てみてくださいね!
そうそう、本田健さんは、安藤理さんのワークショップをうけてから本を
かきはじめたそうですよ!!
http://andoo.info/
あ、最終的に導き出された、私の存在意義ですけれど…
すっごくすてきな内容だったんですが
恥ずかしいので内緒です。笑。

今ここから

2007.03.19.00:21

最近、ピアノの練習をしていて思いました。
『レコーディングをしたときより、今の方がきれいに弾けるようになったなぁ。』

レコーディングに踏み切る前の私は
「もう少し上手になってから」自分の活動をはじめようってずっと思っていました。
しかし、昨年、チャンスが目のまえにやってきた時、未熟ながらも、
今、自分にできる限界ぎりぎりまでやればいいと思って
『今』で勝負しようと、レコーディングに踏み切ったことによって
私は随分成長したと思います。

泣きそうになりながら、「自分がこんなに下手だって気付いていたら
レコーディングするなって言わなかったよぉぉ~」と叫びながら
練習したことによって、
そして、ものすごいプレッシャーの中、ホールでレコーディングしたことによって
今、さらに成長した自分があるのだなあと気付きました。

あのとき、「もう少し上手になってから」と思ってレコーディングしなかったら
私はきっとあの時のままだっただろうな。

「もう少し上手くなってから」と思って先延ばしにしなかったことが
自分自身を成長させ、人生を前に押し進めたのだと
実感しています。

その昔、「こんな自分ではだめだ」と思い続けて
その嫌いな自分から抜け出したくて、必死で勉強していた時代があります。

しかし、「今の自分」を否定して、そこからぬけだそうと
どんなに知識をつけても、練習をしても
「ほら、ここがまだダメ」「そんなに勉強しても、ほら、ここがダメ」
という具合になり、劣等感はどんどんつのっていきました。
やればやるほど、自信がなくなることになったわけです。

ネガティブな気持ちからはじめた行動って、ネガティブな結果しか
うまないものなんですね。

「今の自分はだめ」からはじめると、人生は前にではなく
後ろに回転してしまうのだということを思い知りました。

そのかわり、「今の自分」を未熟さも承知の上で認めて
それでもやってみようと思う事で、人生は前に進んでいくのだということも
やっとわかってきました。

コンサートも、本当はもっと上手になってからと言いそうになりましたが
「今」の私のままで、やってみることにしました。

そうすることで、もっともっと成長していけると信じて。

きれいな感情 汚い感情

2007.03.13.23:37

感情には、いろいろある。
喜び、怒り、悲しみ…。

ずっと、きれいな感情と汚い感情があると心のどこかで思っていた気がします。
でも、本当に感情ってどれも大切で、どれも誰の中にもあるものなんですよね。

汚い感情があると信じていると、その感情を抱いた時
それを抱いた自分が汚いように思えてしまうことがあります。

自分の抱いた感情を「汚い」と思った時、
自分の心自体が汚いような気持ちになるけれど、
実はそれは心が汚いのではなくて、心が傷ついているだけなんじゃないかと
私は思います。

なぜなら外の現象が心に傷にさわったとき、人は怒りや嫉妬や憎しみのような
「汚い」と思われがちな不快な感情を抱くことが多いから。
心の傷と不快な感情は切っても切れない関係があるような気がします。

傷ついているがゆえに抱いてしまう不快な感情をみて
自分を汚いと思ってしまうとしたら
本当になんて自分に対して可愛そうなことをしているのしょう。

不快な感情を抱いた時、あまりに受け入れたく無くて
そんなこと思うわけないと、感情を感じるのをやめてしまうこともあります。

私にとってそれは怒りでした。

なんで、怒りだけそんなに認めたくないと思ったのかと言えば
きっと「怒り」という感情を
自分が醜いと思う形で表現される場に少し多めに遭遇してしまったからかもしれないと
思っています。

成長の過程で、ある特定の感情をあまり美しくない表現であらわされるのを
くり返し見る事で、その感情を嫌いになることもあるのではないかと
思います。

そうでなければ、見せても大丈夫な不快な感情と
絶対見せたくない不快な感情、というように
不快な感情の中に優劣があるはずないと思うから。

自分の感情に厳しい優劣をつけると自分を裁く機会が増えてしまう。
自分を裁く機会が増えると、自分の心に傷を増やしてしまい
するとまたまた不快な感情を抱く機会が増えてしまい…
なんて、サイクルを作らないためにも
自分の感情を裁くことなくごまかすことなく静かに受け入れられる
自分になりたいものだと思うのでした。

やすらぎどう

2007.03.08.13:47

先日、ある友人から「いつもお世話になっている整体院の治療師さんが、
みな子さんのCDかけて宣伝してくれるっていっているけど、チラシとかデモCDとかない?」
というメールが届きました。

その友人は「CDとチラシを送ってくれたら、私が届けておくよ」と言ってくれたけれど
その整体院、実はうちから自転車でいける距離にあったんです。
偶然近所ということが、偶然に思えなくて(何か縁を感じてしまって)
「私も挨拶に行きたいんだけど、一緒に行ってもいいかな?」と
行って、彼女にくっついてその整体院に伺いました。

整体院はとっても居心地のいい気持ちのよい空間でした。
整体の先生は偶然にも私と同い年。
そして偶然にもピアノを弾く方でした。

音楽活動をされている方なので、CDを見たり聴いたりしただけで作る過程のことが
想像できたようで
「こんなに一生懸命作ったなら、いろいろな人に聴いて頂きたいですよね」と言って
とても親切に対応してくださいました。

CDをかけてくださって、チラシをおいて下さるだけでも
感激だったのに、最終的にはお店で販売までして頂けることになりました。
早速、整体院に通っている方から一枚目の注文が入ったそうです。

この件を紹介してくれた友人が、すごくすごく疲れて治療にいったとき、
バッグの中に偶然私のCDが入っていて、それを聴きながら
治療をうけたいと思って先生にお願いしてそこでCDをかけてもらった
そうなんです。
そうしたら先生がCDを気に入ってくださって今回の話に至りました。

彼女のバッグに私のCDが入っていたのも偶然。
彼女の家と私の家と整体院がすべて自転車距離のエリアに
あることも偶然。
整体の先生が同い年で、しかも同じピアニストだということも偶然。

でも偶然が重なるときって、何かに応援されているような気分になる。
こんな有難い流れになるなんて、やっぱり偶然は幸せの合図なんだわと
確信してしまったのでした。

やすらぎどうは、私のホームページからもリンクをはってあります。
治療だけでなくダイエットの御手伝いもしていて
ちょっと面白い整体院です。
ホームページ、ぜひ御覧下さいね!

人の時間

2007.03.07.00:25

人間って、それぞれ全く違う時間の流れを生きているものなんですね。
はやい時間の流れで生きている人、ゆっくりの時間の流れで生きている人
いろいろな人がいると思います。

環境や職業の影響もあるとは思いますが
喋る速度にはその人の中に流れている時間の速さが
わかりやすくあらわれるように思います。

ゆっくりな人がはやく喋れないと嘆くのをよく聞きます。

意外に知られていませんが、速く喋る人もまた、ゆっくりは喋れない。笑。
(※私はものすごく喋るのが速いのです)
だって、速くしゃべっているという認識がないから。
普通にしゃべっているつもりなのに「速い!」と言われて
そうなのか…と思うのです。
だって、ものすごく気をつけてゆっくりしゃべったつもりで
あとで録音を聞いたら、平均値よりも断然速くて
本人がショックをうけたぐらいです。笑。

つまり、速く喋る人にゆっくりしろというのと
ゆっくり喋る人に速くしろというのは
同じぐらい無茶なこと。…だと私は思っています。
(もしかして、速くてもゆっくりできる人も世の中にいるかも
しれませんが、私に関しては何度挑戦しても変わりませんでした)
つまりゆっくり喋る人は、そういうゆっくりした時間を持っている人で
速い人は速い時間を持った人なのだと思うのです。

それぞれの時間があるのだと気付いて、
そういう目でまわりをみてみると本当に面白い。

例えば、小さい子供のレッスン。
質問に対して答えがかえってくるまでの時間が
それぞれに本当に違う。

即答の子もいれば、答えはかえってこないのかなと諦めかけたころに
返事をする子もいる。

準備だってそう。

ゆっくりゆっくり本を出す子もいれば
さささっと本を出す子もいる。

大人の目線からみたら「もっと速くできそうなもんなのに」という
ぐらいのゆっくりペースの子供にも、イライラしなくなったのは
それぞれにそれぞれの時間があると知ってから。

それにしても、それぞれの時間の流れの速さは
どの段階で育まれるものなのでしょう。

ゆったり緩やかな時間を持った人に出逢うたび
ちょっとうらやましく思いながら、ぼんやりとそう思うのでした。

国立のコンサート

2007.03.04.21:28

国立のコンサートまで、あと一ヶ月ちょっとになりました。

曲目や進行をどうしようかな~と考えているうち、
いいことを思い付きました。

ホームページにアップしている、パステル画の原画を会場に展示することに
しようと思います。
画像と原画は結構、違うので、楽しいかしらなどと思いまして。

国立は、自分の曲のイメージで描いた絵もお見せしたりするので
それなら、他の絵も飾ったらもっと楽しい!なんてひとりで盛り上がったのでした。笑。

4月7日の国立は、なんといっても私の『人生ではじめての』
記念すべき単独コンサートなので、今からわくわくドキドキです。
誰が、この私の人生の記念すべき瞬間に立ち会ってくださるのかしらと
思うとドキドキします。

まだ、チケットは受付中なので、ぜひいらしてくださいね!

やりたいこと

2007.03.01.23:35

最近、voiceからでている『ソース』という本を読みました。

自分のワクワクすることを、「すべて同時にやる」という本です。
「同時にやりましょう」というのが、私の中でヒットしました。

ひとつでもワクワクに目をつぶるというのは、その人の中の
大切な要素を殺してしまうことになると。
だから、「すべて」「同時」に。なんだそうです。

しかし、全部同じ時間をかけてということではなくて、
時間の長い短いに関わらず、集中力とエネルギーをもって
「すべてに同じぐらいの情熱をもって」やるのだとかいてありました。

なんで、「すべてやる」がヒットしたかというと
今まで、音楽以外のことをしているときは「音楽をさぼっている」という気持ちに
とらわれ、音楽をしているときは「音楽のために他のことができない」と
思っていたから。そんなに意識はしていなかったけれど。
「すべてやるほうが良い結果をうむ」という情報で
音楽以外のことも一生懸命やっていいのか~と、何か許しをもらったみたいな気分に
なったのでした。笑。

これを読んでから、いろいろな人にこの話をしました。
それで、ワクワクすることって何?と聞いてみると返事は本当に
びっくりするぐらいみんな違うのですね。
他人のワクワクって私には想像もつかない内容だったりする。

私のワクワクは、ピアノ、歌をうたうこと、絵をかくこと、習字、ダンス、英会話
おしゃれに関する事、インテリアに関する事などなど。

そんな流れで、描いてみたのがパステルコーナーのオリジナルの絵です。
持ちたい色のパステルをもって、その色をもった手が描きたい形を
描いてみるというだけものもで、「あはは。へんてこりん♪」と思っていたら
夫が「ホームページにのせてもいい?」といってその絵を持っていって
紹介されることになってしまった次第。笑。

ダンスは、何を踊りたいのかがはっきりしなくて
今、いろいろなダンスの体験に行っています。
ちゃんと続けたいから、自分の心にフィットしたものをと思って
結構真剣に探しています。

ダンスのレッスンを選ぶ作業をしながら、
「自分の心が本当にワクワクする」ものを真剣に見つけることは
自分自身をちゃんと知ることに繋がるのだと気付きました。

心にピンとくるものを選ぶことに妥協しないということは
本当に自分のもとめている心地よさに敏感になるということで
それを重ねていくことこそ、まさに幸せに続く道なのではないかと
思ってしまったのでした。

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プロフィール

篠原みな子

Author:篠原みな子
作曲・編曲家/ピアニスト
2006/11/11にファーストアルバム「Whispers of Fairies」をリリース

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