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2008-01-31 22:16 | カテゴリ:未分類
引越し先が先週、決定しました。

来月の中旬に現在の新宿区から練馬区に移ります。
駅にすると、今住んでいるところから4駅ほど下ったところになりますが
大江戸線と西武池袋線と二線利用できる場所なので
またフットワーク軽く動き回ることができそうです。

現在のマンションは一階でお庭付き。
お庭は小さいのですが、季節ごとにお花が咲く素敵な庭です。
もくれん、雪柳、さるすべり、金木犀、紫陽花…
リビングに座って、お庭の花を眺めるひと時は本当に楽しいものでした。

今度のマンションは、4階なのでお庭はありませんが
とっても見晴らしがよく、日当たり抜群です。
新しい家では、どんな楽しい暮らしが待っているのかと今からとっても楽しみです。

引越先を探しながら、いつも思うのは、土地に呼ばれるというのは
あるのかもしれないということ。
やっぱり縁のある土地ってあると思います。

実は私の実家の家族は(私も含めて)練馬区に縁があります。

私の通った大学も兄の通った大学も、練馬区の江古田というところにあります。
父が結婚前に住んでいたのも、練馬区の江古田近辺だったようです。
母が編み物の仕事をしていたとき(オーダーを受けて洋服を作ったり編み物を教えたりしていました)
いつも毛糸をお願いしていたのもまた練馬区の江古田のお店。

まだ私が実家に両親と住んでいたころ、兄が一人暮らしをしたいと言って
引っ越した先も練馬区。
(偶然にも今度の引っ越し先は、その時兄が引っ越したマンションのそばです。)

それまでいま一つ調子の上がらなかった兄の運勢は、
一人暮らしをはじめたぐらいから、なぜか急上昇。
仕事が順調になり、電撃結婚。結婚後の新居もまたまた練馬区で、
子供もうまれ幸せに暮しています。

それを見ながら「練馬区には何かあるに違いない」と思った(笑)私は
そのあと真似して練馬区で一人暮らしをはじめてみました。

するとすると、一年半で私も電撃結婚。(笑)
そして結婚を期に今の音楽活動をはじめることになりました。

しかし。。

私の結婚後の新居はなぜか新宿区になりました。
引越が決まったときは、なんでかな?と思っていました。
この土地はどういう縁だろう?

そのなぞは引越後にとけました。

私の今住んでいる新宿区西落合は、実は両親の結婚後の新居があった
場所のとっても近くだったんです。(両親が住んでいたのは
中野区だと聞かされていたので、はじめは気付かなかったのですが
西落合は5分ぐらい歩くと中野区に入ってしまう場所にあったのでした)

今住んでいるマンションのそばにある哲学堂公園を
母は40年以上前に、生まれたばかりの兄を乳母車にのせてよく散歩したと言っていました。
なんだか不思議な感じです。

そう言えば、私の生まれた病院は新宿区の病院だって言ってたっけ。

きっと、人生の第二章となる結婚を期に
私は自分のルーツであるこの土地に新しく生まれなおしにやってきたのかも
しれないと思いました。

それから三年。

また不思議な幸せパワーをくれる「練馬区」に
呼び戻されることになりました。
(今回の引越は、今の家の契約期間の関係ですることになった引越で
私たちの意思ではないのです。)

「練馬区」の土地は、今度はどんな素敵なパワーをくれるのでしょう。
これからどんな楽しいことが起こるのか、とっても楽しみです。





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2008-01-23 01:32 | カテゴリ:未分類
久し振りのブログ更新となりました。

岡山から戻って、家さがしに走り回っていたところに
身内の入院がかさなりました。

しばらく不動産屋さんと病院を行ったり来たりしながら
レッスンをする毎日を送っていました。

現在、家については現在契約を確定しているところ。
転居は来月上旬から中旬予定。

身内の病気については、少しずつ状態が落ち着いてきているところですが
退院はまだ未定。
病院通いが続いています。

いろいろなことが重なる中、たくさんの気づきを得ています。
きっと貴重な経験となっていくのだと思います。

今の状況の中で学べることをしっかりと学び
目の前のことを一つ一つ丁寧にやっていこうと思います。
いつかそれをブログの中で綴っていけたらと思っています。

二月に引っ越しをすませたら、また前のペースで
ブログの更新ができると思います。

それまでは、ちょっとスローペースになりますが
みなさまどうぞお付き合いくださいませ。





2008-01-12 00:46 | カテゴリ:未分類
今週の月曜日、大好きだった祖母が亡くなりました。
数えで98歳でした。

お別れをするために火曜から三日間、私は岡山に行っておりました。

祖母はドラマがかけるほどの波乱万丈な人生を生きた人でした。
ものすごい光と深い闇とを経験した人でした。

それでも、祖母が自分の身に起きたことについて泣きごとめいたことを
言ったのを私は聞いたことがありません。

にっこりわらって「おばあちゃんは幸せ」と言っていた顔ばかりが
思い出されます。

私が自分の人生に行き詰まっていたころ、祖母に
「どんなときでも、人は自分の人生を生きていくしかないんだよね」と思わず言ったら
(もうすこし、祖母の記憶システムがゆるくなってきている時期でしたが)
笑顔で「そうじゃ」と言ったのが忘れられません。

自分の経験したことの何倍もつらい思いをした人に、そう言われると
とても素直に「そっか」と思えたものでした。

7人の孫のうち、祖母と一緒に住んだことがなかったのは私だけ。(兄も小さいころ
預けられていた時期があったので)
たぶん、私はいちばん縁の遠い孫でした。

小さい頃は、祖母の岡山弁がわからなくて、うまく話ができなかったっけ。
(言われていることの意味がわかりませんでした)

大学を卒業して何年か経ったとき、自分のルーツを知りたくなって
それからよく一人で岡山に祖母に会いにいくようになりました。

会いにいくたび、祖母は「みな子がいい人と結婚できるように
おじいさんにお願いしているから」と言っていました。
(祖父は三十年ぐらい前に亡くなっています)

あまりに毎回祖母がそう言うので、結婚したときは、式のあとすぐに
夫と祖母のところにいきました。

「おばあちゃんがおじいちゃんに頼んでくれたから、いい人と結婚できたよ」

そう報告すると祖母は本当にうれしそうな顔をしていました。

祖母は本当に祖父に頼んでいたようなのです。
祖母に挨拶したあと、祖父のお墓にいったら突然
私の目から意味不明の涙がこぼれました。

本人も全く訳がわからないのですが、祖父のお墓の前で手をあわせた
とたん、大粒の涙がこぼれたのでした。
(今まで祖父のお墓にお参りして、そんな風になったことは一度もないのです)

まわりの人もびっくり。

おばが言いました。

「きっとおじいさんが喜んでるんだわ」

きっとそうかも。
見えなくてもちゃんと祖父はいるのだと実感した瞬間でした。
そして、見えない祖父と祖母はちゃんとコンタクトをとっていたのだと思った
確信したのでした。

そして、今回祖母が亡くなり、お通夜に駆けつけ、棺の中の祖母に手をあわせた時のことでした。
「おばあちゃん。。。」と心の中で言うと、なんだか私の横に
温かい気配。

誰かが来たのだと思って、見てみると誰もいない。
「ん??」

もう一度目を閉じる。
やっぱり温かい気配。

「おばあちゃん、いるんだ」
私はそう確信しました。

母は気のせいだと笑ったけれど、私は気のせいではないと思っています。

翌日、葬儀の朝、葬儀場に運ばれるまえに、「家にいる祖母」にもう一度
会いたくて、宿泊しているホテルから朝早くタクシーを飛ばして
祖母の家に行きました。(お通夜は祖母の自宅で行われました)

祖母の棺を覗き込むと、祖母の声で
「ありがとう」という声が聞こえた気がしました。

見えなくなっても、祖母はちゃんと私のことを見守ってくれている。
祖父と同じように。
そう思うと私の心はとても温かくなりました。。

私が祖母と最後に交わした言葉を私は今でもはっきり思い出せます。

いつもは、「帰るね」と言うと
「もう帰るんか」と涙ぐんでいたのに、どこかでもう最後になると
覚悟していたのか(その時点で体調はかなり悪かったので)
「帰るね」といった私に
「どこにおっても、元気でいたくれたらええよ」

と言ったのでした。

祖母はどう見ても意識が朦朧としているようにしか見えない状況だったのに
その時だけは、とっても意識のはっきりした表情でそういったのでした。

今はもう姿を見ることのできなくなった祖母は、きっと私が毎日元気で暮している姿を
必ずどこかでみていてくれているはずです。
2008-01-10 23:46 | カテゴリ:未分類
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

みなさま、楽しい年末年始をお過ごしのことと存じます。

私の年末年始は、なんだかビュン!と過ぎていきました。笑。

年末は、転居準備を兼ねての荷物整理と大掃除。
三年間気持ちよく住まわせてくれた家にお礼の気持ちをこめて
いつもより念入りにお掃除しました。

29日に家の中で盛大にこけて、足がパキパキと音をたてたので
「あ~、折れちゃった?」と思ったのですが
奇跡的に何ともなし。
あ、もちろん足の甲の半分は真っ青に内出血したんですが
(見るとみんなびっくりします)
なぜか痛くて歩けなかったのは一日半だけ。

あとは、全く生活に支障なし。
私ってついてる!

大みそかは毎年恒例、飯田橋の東京大神宮に夫と友達と
今年一年のお礼を言いにでかけました。
そのまま、東京大神宮近くのファミリーレストランでカウントダウン。

年があけたら、また東京大神宮に初詣!

いつもは、それでおしまいですが今回はちょっと違いました。

元旦は晴れというのを天気予報で見た私が
「初日の出見にいこうよ!」と言うと、一緒にいた友達が
「今日、車できてるよ」と言って
「じゃあ、九十九里に行こう!」ということになったのでした。

そのまま車で九十九里に直行、素晴らしいご来光を拝んでまいりました。

なんで初日の出ってあんなにパワーがあるんだろう!
海でみる日の出は空気がきれいだったせいか、眩しくて大きくて
寒さなんてふっとぶ程の美しさでした。

なんて、ハッピーな年明け!

「準備をしておくと、その出来事が引き寄せられる」というのを本でよくみます。
「そうなりたかったら、そうなったかのようにふるまう」のがよいそうで。

実は私大みそかに出かける時、一人で初日の出を見に行こうと決めていました。

夜寝られないだろうからと、コンタクトケースとメガネをもって
朝、寒いだろうと防寒グッズをもって、カイロもいくつかバックにしのばせて。

いつ、日の出を見に行くことになってもいい準備をこっそりしていたのでした。

そうしたら、偶然車で来ている人がいて、その場にいた友達がみんな翌日用事がなくて
夫が日の出がきれいに見えるところを知っていて、、、
条件があれよあれよと整って、初日の出にたどり着いたのでした。

準備をしておくと、出来事が引き寄せられるっていうのは、本当かもしれません。

08-01-01_06-55[1]


新年明けてからは、茨城の夫の実家と埼玉の私の実家に新年の挨拶にでかけ
おいしいものをたくさん食べて、楽しいお正月をすごしました。

今年もよい年になりそうです。
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