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2009-02-25 20:23 | カテゴリ:レッスン
昨年手を壊したのをきっかけに、随分身体について勉強しました。

ボディワークと解剖学的な知識にのっとってォーム矯正をしてくださる先生の
レッスンをうけたり
鍼灸師さんに治療を受けながら、身体についての話をきいたり
手を壊した演奏家のためのエクササイズのDVDを試したり
記憶が演奏時の身体にもたらす影響についての講義を聞いたり、
その先生に実際にレッスンをうけたり
父のところに来てくださるリハビリの先生に身体の話をきいたり
身体や演奏法に関する本を読んだり。。。。

これらで得た知識は、いつも全て自分の身体で試してみました。
手を壊しているために身体がいろいろな意味で敏感だったため
知識の検証にはもってこいの環境☆

手が全く痛くなかったら、わからなかったなということが
たくさんあって思わず「ラッキー♪」と微笑みました。笑。

試してみて効果的だと思われることは、すぐに全ての生徒にレッスンで
教えてみました。

そうして一年たってみると自分も生徒も随分音が変わったな~ということを
しみじみ実感します。

特に、身体の動きのかたさがネックになっていた生徒は
(多くは大人ですが)目に見えて上手になりました。

大人の人は「今からやっても限界がある」と思っていることが多いので
大きな進歩をしたときは目をキラキラ輝かせて、とびきりの笑顔をみせて
くださいます。

CDを作ってコンサートをはじめたりした頃は
レッスンはあんまり増やさないように細々やろうかなと思っていたのですが
ここへきて、やっぱり私ってレッスンが大好きなんだなあと実感。

振り返れば、学生のころから一度も途切れることなく21年ピアノを
教えている私。

知っている人でも初めて会った人でも
弾けなくて困っている人を見ると、思わず教えたくなる。
その場で教えられることは、その場で教えて、それでも足りないと
「なんとかしてあげるから、うちにおいでよ!」と思わず言ってしまったり。笑。

…と、振り返るうち
やっぱり、もうちょっとしっかりレッスンもやりたいなあ。。という
考えにいたりました。

そんな流れで、現在春から大人のレッスンを中心に
きちんとお教室を立ち上げていこうと考え(今までは
一般に募集したことは一度もなく、ご縁のある方のみレッスンさせて
頂いていました)
準備にはげんでいます。

そこで。。募集したいのは大人のレッスンモニター。

今持っている知識と技術が、どのぐらい効果があるのかということや
大人のレッスンでの問題を解決するには
もっとどんな研究をすればよいのかなど
レッスンの質をあげるための資料を集めたいので
それに協力してくださる方を募集します。

内容は1時間の私のレッスンを受けていただき簡単なアンケートを
書いて頂くというものです。

詳細はホームページにアップしていますので
ご興味のある方はぜひぜひご連絡くださいませ☆

http://heartstrings-record.com/lessonmonitor.html
ご連絡お待ちしています☆



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2009-02-11 23:23 | カテゴリ:
最近、ちょっとしたもめごとの現場に遭遇する機会がありました。

AさんとBさんが、ある仕事を一緒にしていたのですが
仕事を一緒にしたことによって、取り返しがつかないほど
ふたりの関係が悪くなってしまったというもの。

AさんとBさんのもめた経緯を聞いてみると、コミュニケーションが
うまくいかなかったのが原因のようでした。

具体的にいうと、AさんがBさんに対しての不満を遠慮の気持ちから
ずっと言えずにいて、あるとき爆発してしまったというかんじで。

傍からみている限りでは
もしもAさんが遠慮せずに、その時々に不満を伝えて話しあいをしていたら
ここまで関係は悪化しなかったのではないかなという印象をうけました。

小さな不満ならば、ある程度感情のコントロールがきく人なら冷静に伝えることが
できると思いますが、たまりにたまった不満を伝えたら
どんな人だってその言葉に責める気持ちや怒りの感情がのっかってしまいます。

相手にしてみれば、たまりにたまった怒りを思いきりぶつけられたら
冷静に受け止められるはずもありません。

Aさんは相手との関係を保つために、相手を傷つけないために、不満をのみこんでいたのに
それをのみこんでため込んだが故に、思いとは反対の結末を招いてしまった
わけです。

でも、こういうことって他人ごとではなくて
結構あることなのではと思いました。

ある人を好きではない!と思うときって
相手に不満を伝えて状況を改善することができない場合が
多いように思います。

不満を伝えられない状況とは
伝えて相手を傷つけたくない
人間関係をこわしたくない
伝えたら相手が怒りそう
伝えても相手が変わりそうにない
うまく伝える自信がない
伝えることでもめたくない
伝えることで嫌われたくない
などなど。。

もちろん、伝えても伝えても改善されなくてという
こともあるでしょうが、相手の当たり前が
自分の当たり前と一致しなくて
でも伝えられなくて、我慢している間にどんどん嫌いになっていくということを
経験したことがある人って多いのではと思うのです。

私自身も、ある時から不快な思いを人に伝えるのが下手になって
不快を伝える苦痛を味わいたくないがために、
なんだか我慢してしまい、大丈夫な顔をしているうちに
どんどんその相手を好きでなくなってしまったことがあります。

嫌だなと思ったそのときに、
きちんと意思を伝えていれば、
もしかして相手もちゃんとそれを配慮してくれて
それによってその人を嫌いにならずにすんだかもしれないのに。

もめたくなくて
良い人だと思われたくて
子供じみていると思われたくなくて

いろんな感情にしばられて
問題を先送りしたことで、自分にとっても
相手にとっても苦しい結果をうみだしてしまったわけですね。

なんでもかんでも相手に主張すればよいという
わけではないのです。

自分が不快だからと、相手をどんどん傷つけてもいいという
ことでもないのです。

ただいつでも「もめないように」感情をおさえることが
必ずしも大人の正しい対応というわけでもなく
問題を先送りすることなく
不満だと思っていることを、そのときにきちんと伝えることこそが
本当の意味での相手との人間関係を「大切にする」ということに
つながる場合もあるということを、今回のできごとで
教えてもらった私なのでした。
2009-02-04 10:06 | カテゴリ:
昨日は、節分でしたね。
みなさん、豆まきなどされましたでしょうか?

私は節分が大好きです。

節分の日に、注意深く風を感じてみると
冷たい空気の中に、かすかに春の気配がするのです。

それはほんのわずかなものだけれど
どんなに寒い節分の日にも、感じられるもので
その話をすると「そうそう!」って共感してくださる方が
結構います。

暦ってすごいものですね。

さて、先月末にまた久々にパステル教室に行ってまいりました。

パステル画を描き初めて三年ぐらい経ちますが、最近やっと自分の絵がすきにな
ってきました。

それは絵が上手になったからとかそういうことではなくて、自分に対する気持ち
が少しずつ変化してきたからのように思います。

自分の絵があまり好きでなかった頃、どこが好きじゃないんだろうと考えてみた
ことがあります。

そして、それは多分「大胆さのないところ」と「なんとなく子供っぽい感じがするところ」
なんじゃないかなという答えにたどりつきました。
まあ、つまり「チマチマとかわいい感じ」になんでも仕上がってしまうということ。

言葉で表現しきれないけれど、それは何とも私にとって
鼻につくものでした。

あれ?この感じって初めてじゃないかも。。。

この私にとって「何だか鼻につく要素」は、自分の音楽作品や演奏や文字、お料
理、とにかく自分を通して表現されるあらゆるものに見え隠れするということに
気づきました。

そしてそれが無意識のコンプレックスとなっていつも私を脅かしていたことにも。

さらに、その私にとって「鼻につく要素」に自分の心がチクりと痛んだ経験を
私は子供の頃からずっとしてきていたのだということにも気づきました。。。

よく考えたら、子供の頃に書いた絵とか書き初めとか工作にもすでに
「その鼻につく要素」
は存在していたのです。

これは一体どういうこと???

しばし考えました。

ありとあらゆるものに見え隠れしているって、どういうこと?
自分に対する嫌悪感が私の中に広がり、そしてそれが最高潮に達したとき
私ははっとしました。

ありとあらゆるものに見え隠れしてるってことは
それが鼻につこうとなんだろうと、
もしかしてそれこそが私の個性なんじゃないの?

小さい頃、とっても神経質だった私。(その要素は今も多分に残っていますが)
よく、もっとおおらかにって言われたな。

学校の先生にも、お習字をみてもらったとき
「きれいにまとまりすぎているのが、もったいない。
もっと大胆に書いた方がいい」って言われたな。

ピアノのおけいこでも、大きな強い音を要求されることが多かったな。

曲を書いたときも、もっと自由にのびのび大胆にってよく言われたな。。

たぶん、まわりの人はチマチマしている私を
よかれと思って、もっと自由でのびのび大胆な感じにと
導いたのでしょうけれど、それがいつの間にか私の中で
大胆でのびのびしていることが正しいこと
チマチマしているのはいけないこと、
という風に私の中にインプットされ
私の個性はコンプレックスにかわっていったのかも
しれないと思いました。

じゃ、いっそのことアドバイスを全部蹴飛ばして
チマチマ可愛くまとまってしまうことを
愛そうじゃないか!
そう思ったら、ちょっと見える景色がかわってきました。

そのチマチマ可愛くまとまるところを
誰がなんと言おうと肯定して磨き倒したら、必ず私の個性が
輝きを放つに違いないと思ったら
なんだか自分の心が元気になっていくのを感じました。

そう思うようになってから、自分の絵を「下手だなあ、いやだなあ」って
思わなくなりました。(じゃ、なぜ?ホームページにのせてるの?って思われる
ことでしょう。。あれは夫の発案なのです。彼は私の個性をいつも
肯定してくれる本当にありがたい存在です。)

今の自分を肯定する、というよくある言葉。
その実践方法が以前よりちょっと具体的になった気がしています。

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