先日、びっくりな展開で日にち&会場変更になった
http://minnanoko.blog78.fc2.com/blog-entry-394.htmlピアノの発表会、いよいよ来月にせまって参りました!
入場無料の上、素敵なギタリストの青山さんの演奏まで聴ける
発表会(私もちょっとだけピアノ弾きます)、ぜひぜひ遊びにいらして
くださいね!
♪サマーコンサート2011
日時:8月13日(土)開場13:00 開演13:15
会場:練馬公民館
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/kominkan/shisetsu/annaizu.html今年のゲストは、昨年の夏のmiiya cafeでのライブで
http://minnanoko.blog78.fc2.com/blog-entry-328.htmlご一緒した青山繁さんです。
http://a-universe.jp/wp/?page_id=242今回は、いつもおなじみのピアノソロに連弾、弾き語りの他に
クラシック曲と映像とのコラボなども
企画しています。
聴きにきて下さった方が、コンサートとして
最後まで楽しめる会にしようと、準備中♪
ぜひぜひ遊びにいらしてください♪
スポンサーサイト
ここのところ、朝、目覚めたときに
なんだか機嫌が悪い日が何日かありました。
何もないのに起きるなり、イライラして
なんだか嫌なことを思い出したり
意味もなくどうでもいいことにカチンときたり。
なんか、変だなと思って、よく考えたら
それは、寝る時にクーラーを入れたときに
起きることが判明。
身体が冷えてるってこと?
冷えるとイライラするのかしら?
、、そこで、急いでお風呂に行き半身浴をすること
30分。
身体が温まるにつれ、みるみるイライラが消えて、
平和な気持ちがもどってきました。
お風呂からあがって、ネットで「冷え、イライラ」と
検索してみたら、やはり冷えとイライラは結構深いつながりが
あるようです。
この暑い時期、とにかく涼しくしたい!という衝動に
かられますが、身体の冷やし過ぎには注意したいですね。
先日、フェルデンクライスメソッドの先生と、身体に刻まれる記憶の
話をしていました。
人の身体は、特定の身体のポーズで「記憶」や「感情」が
よびさまされる。(胸をはったら、自信のある気分になるのが典型的な例)
逆に、特定の「記憶」や「感情」で、それに関係するポーズを
身体が無意識にとりはじめる。(自信がなくなると、うつむいたり
猫背になったりしますね)
その会話の中で先生が、「記憶は動作によって細胞に刻み込まれていく」
というお話をして下さいました。
人は、漢字などを繰り返して書いて覚えることがありますね。
繰り返して書いた漢字は、頭が覚えているというより
手が覚えているという感じ。
反復された動作は、記憶としても強力で、時が経っても
本人が忘れたと思っていても
その人の身体の中に残っているもののようです。
私自身も、英単語をパソコンで打ったらスペルがわからなかったのに
書いてみたら、手がすらすらと動いたという経験があります。
この興味深い現象を、最近レッスンで体験しました。
昨年の夏からピアノを習い始めた、OLさんのSさん。
はじめてのレッスンのとき「子供の頃、ちょこっとだけエレクトーンをやっていましたが
もう何も覚えていません」。。とご本人はおっしゃっていました。
確かに、楽譜を見せても、しばらくは「????」という
感じでした。
だから、本当にご本人はエレクトーンのレッスンの記憶は
ないようなのです。
、、、が、しかし。
最近、ちょっと難しい曲を弾くようになったら
ピアノをはじめて習った人は、やらない腕と手の使い方を
Sさんがはじめたのに気づきました。
「この弾き方って、、、、?」
「ああ!エレクトーンだ!エレクトーンの弾き方!」
(私自身も、昔エレクトーンを習っていたことがあり
上手くはないですが、先生の資格をもっています)
本人が、忘れていても、身体は動きを覚えているというのを
実感した瞬間でした。
もう一人、衝撃的な記憶が身体に残っていた方がいました。
こちらもOLのAさん。
Aさんは、十代の終わりまで、某大手音楽教室の専門コースで
スパルタ教育を受けてきた方で、音大生なみの曲を弾く方です。
現在は、昔弾いて、うまくいかなかった曲に再挑戦中。
随分上手になったのですが、あるページにくると
突然、乱暴な演奏になる。音を聞かずに投げ出したかのようになる。
「このページは、どうしたの?」と聞くと
ご本人も、きれいでないことはわかるものの、首をかしげるばかり。
「では、ここを弾いているときの、ご自分の心の動きをよく
観察しながら、もう一回弾いてみてください」
そして、弾いてもらうと、不思議なことが起きました。
演奏と一緒に、先生が大きな声で注意したり、歌ったりしている声が
一緒に聞こえてくるような、、気がするのです。
気のせいかなあ、、、と思いつつ、「前にこの曲をレッスンしてくれた
先生は、ここを弾いたときに、どうしていた?」と聞くと
「大声で、もっと大きく!とか言ったり、歌ったりしていました」
とのお返事。
やっぱり。。。
なんで、私に聞こえたのかは、ともかくとして、、、(笑)
昔、先生に圧倒されて、自分の音を聞かずに先生の大声だけを聞きながら
何も考えずにただガンガン弾いた身体の動きが、彼女の中に残っていたことが
驚きでした。
もう10年以上たっているのに、その曲を弾くことで記憶が呼び覚まされたのですね。
(その後、「記憶の先生の声ではなく、今、鳴っている自分の音を自分の心で聞いて弾いて
下さい」と言ったら、きちんとした演奏ができるようになりました)
レッスンで行ったこと、発言したことは、みんな生徒の身体に刻まれていく。
身のひきしまる思いです。。
現在、発表会準備真っ最中です。
発表会前は、いつもより曲を詰めていくので
こまごまと直すことが増えていきます。
ここで、いつも葛藤するのが
「直すこと」は、「そのままのその人」を
否定することになるんじゃないかということ。
もちろん、ピアノを教える人は
ある意味「直す」のが仕事なので、やらねばならない
ことですが、あまりガンガン直しすぎると
教わっている側が「直されないと私はちゃんと弾けない」と
思い込むようになり、そのうち自分で深く考えず
だいたい弾いてきて「あとは、どうしたらいいですか?」と
聞くような、依存体質になってしまう。
そうなってしまうと、演奏も「これでいいですか?」と
自信なさげなものになってしまい
その人の個性が光らなくなってしまう。
自立を促しながら、自分にも誇りをもってもらいながら
我がこととして曲をきれいに仕上げてもらうことは
口で言うより難しい。
どうやったら、自分自身の素晴らしさも認識しながら
アドバイスを受け取ってもらうことができるだろう。。。
これは、ずっと抱えてきたテーマなのだけれど
最近、自分の思っていることをうまく伝える方法を
みつけました。
こう説明したら、この微妙な話を
小さい子もすこしわかってくれるようになりました。
「あなたは、とっても可愛い人だけど、ある日
大風がふいて、髪の毛がぼさぼさになったとします。
そこで、先生が、『髪の毛、ぼさぼさになってるよ!
せっかく可愛いのが台無しだよ』と
知らせたとしても、それは先生があなたを『可愛くない』と言った
ことには、ならないですね。
髪の毛がぼさぼさでも、あなたが可愛いことには、変わりありません。
あなたが、気がつかないでいることを
知らせるのが、先生の役割です。
あなたの演奏に、先生が注意するとき、それは
髪の毛がぼさぼさですよとか、顔にゴミがついていますよとか
あなたが気づかずにしている、自分の望みではない状態について
これでいいのかな?と聞いているだけで
先生が注意したからといって、あなたを下手だと言っている
わけでは、ありません。
何を注意されても、あなたの演奏が素晴らしいことには
変わりはないのです」
こう話したら、みんなちょっとホッとして
ニコッと笑顔になりました。
大事な舞台の前だからこそ、
みんなが自信をもって胸をはって演奏できるように
それぞれの心と丁寧に向きあっていきたいなと
思います。